■10月25日更新
キネマ旬報1983.10月号
インダス文明、エジプト文明、メソポタミア文明、中国文明…。雄大なる地球上の大地に築き上げられた文明が、今なお世界各地に残されている。そしてここ黄金の国・ジパングにも、我々を魅了してやまない文明があった。そう。日本を発祥の地とする、邦衛文明がそれである。現代の日本は、高度な印刷技術と共に多くの出版物が発行されている。このコンテンツでは、山積みされた書物の中から貴重な邦衛資料を発掘し、再現する。
 
       
  連載27・ざインタビュー
 TVの時代劇シリーズのためにかつら合せの打合せの最中であった田中邦衛さんにお邪魔して取材する事ができた。かつて金曜日の夜10時からは「北の国から」と「想い出づくり」のふたつの番組がシノギを削り、田中さんには、はなはだ失礼ながら、僕は毎週「想い出づくり」派であった。時は流れて、僕もビデオ装置を購入し、先日再再放送きれた「北の国から」を全て収録することができた。今回の取材を前にして「北の固から」24本を僕は遅ればせながら初めて見ることができ、田中さんの父親を軸とするドラマに、たったひとりで感動することができたのだった。「ナマナ者だから自分の芝居をとう削っていったらいいか分からなかった」が「この『北の国から』を通過して、やっと芝居を削るという事の意味が分った」と田中きんはおっしゃっていたが、青大将の頃からの削らない田中さんの演技の大ファンである僕は、並行して懲りずに大オーバーな演技をいつまでも見せてほしいと秘かに祈った。



−−「オキナワ少年」「逃されの街」それに「居酒屋兆治」と映画出演が続きますね。
「えぇ、久しぶりにぷりに映画を一寸、はい。 昨年は半年程、歯の治療で休んでましたけど、僕は今は2時間もののTVが主ですから。今年は工藤きんのをやって、新城君は前に僕がTVのシリーズをやってる時に彼がチーフ(助監督)でついてくれた時に友達になって、新ちゃんがやるっていうんで、それじゃもう何の役でもいいからって出してもらった。健さんとの作品も久しぶりですし、まあ、間があってポツンポツンとですが、そんなに沢山は出てませんから」
−−高倉健さんと田中さんとは「網走番外地」シリーズ以来の名コンビだと思うんですが、久しぷりに共演されてみていかがでしたか。
「いやあ、そういう役者として健さんと刺激し合うようなことは、僕なんか全然ないですけどね。健さんっていうのはやっぱりすごいし……ファンっていうのかな。僕は非常にミーハーですからね、俳優にならなきゃ、ああいう凄い人には会えなかったろうし。外闊で言やあ、ジャン・ギャパンとか、スティープ・マックィーンとか、そういう俳優さんが好きだったんですけれども、俺はファンになっちゃうと、もう何でも良くなっちゃうし……健さんとたまにお仕車できるというのはうれしいですね」
−−共演なさっていて、健さんの中の何が田中さんをそれほど夢中にさせると?
「『八甲田山』が終った時もそうだったんですけど、『南極物語』という強烈な体験の映画を終えて、僕らが信じられないほど落ち込んでらっしゃるんですね。ドラマを離れて男があるひとつの危険を冒して、何かをやったあとには、多分、冒険者が体験するような空白感が来るんだろうなと、僕はそういう凄いことをやったことがないからわかりませんけど、そう思って見てました。それで『居酒屋兆治』に入る時に強烈な入り方で悶えるわけですね。それを目の当りにまざまざと見てね。だから健さん、あの齢で現役でいられるんだなって思いました。つまり強烈に激しい精神を持った人だなというのが本当によくわかりました。こりゃあ、スゲエや。俺はいい加減だなあと本当に思ったですね」
−−しかし、田中きん自身も、TV「北の国から」では一年以上も北海道でロケ−ションされて、これはいい加減では過できない役柄のように思えるんですが。
「……あの話を受けた時に僕は迷ったんですよね。あんまり良い役だから。これは高倉健さんだとか緒形拳さんだとか、ああいう凄い俳優さ人がおやりになる役じゃないんですかと、そういうところ、妙に屈折して謙虚だから、言ったんですよ俺。そうしたち倉本先生から電話があって、今までの僕の芝居を一切やめてくれと言うんですよ。それはどういうことですか。俺を全部否定しちゃって、しかも俺に頼んでくるのは矛盾じゃないかと、単純にそう思ったんです。それじゃ他の人に頼め、俺はできねえやって。本当に腹が立ったですよね。やってても半年位はわかんなかったです。ただ夜間撮影の最中に、倉本先生か、俺は10年前に事件そのものは書かないと、事件の始まりと終りを書くという枷を課したと。それはきっと作家の内面の命題でしょうけれども、それまでの俺はとにかくギャラ分目一杯、懸命に頑張りゃいいやって単純にやってきましたけど、頑張ることが逆にドラマの表現を消すんじゃないかという反省を『北の国から』で教わりましたね」
−−つまりそれは役柄のリアリティということですか。
「ええ。いかに芝居を削っていくか、芝居臭さを消して、演じない部分でドラマを作っていくかということですね。『北の国から』は非常に良い経験だったです」
 
   
 
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