■10月25日更新

安部公房全集24(新潮社)
インダス文明、エジプト文明、メソポタミア文明、中国文明…。雄大なる地球上の大地に築き上げられた文明が、今なお世界各地に残されている。そしてここ黄金の国・ジパングにも、我々を魅了してやまない文明があった。そう。日本を発祥の地とする、邦衛文明がそれである。現代の日本は、高度な印刷技術と共に多くの出版物が発行されている。このコンテンツでは、山積みされた書物の中から貴重な邦衛資料を発掘し、再現する。
 
       
   ぽくの場合もやはり自分を見つめ直すとか鍛え直すことができやすい場所として、このスタジオは魅力があるし、安部さんの演劇のシステムに興味がある。昔は芝居をやっていれば何となくいいことをやっている、という意識があった。世の中のためになり、自分も満足しているといった意味で。ところが最近はそういう気持が稀薄になり、自分は何でやっているのだろう、こんなことやっていていいのか、という反省やら疑問やらが湧いてきた。そういうことを見直さないと、このままズルズルと年をとっちゃう……。
安部 この役者ならば自分の考えていることを表現してくれるとか、この役者と一緒に仕事をしたいと思っていた人が、殆んど集まってくれたね。これはぽくにとって一番嬉しいことだし、自慢できることなんだ。これだけの人たちが集まってくれるとは、実際思っていなかった。ぼく自身の責任は大きくなったけど。なんだか薄気味悪いくらいだよ。ちょっと威張っていいんじゃないかな。
仲代 いまこの安部スタジオでは毎日が新鮮だし、やることは難しいけれど楽しい。今度ぽくのやる役などは自分でもやったことのないような役なので、さっき皮をはぐという言葉がでてたけど、「仲代達矢という役者の皮をはいでやろう」といった安部さんの相当意地悪な眼を感じるし、拷問台にかけられているような気もする。
安部 本当に気が強くて癇癪もちが揃ったね。多少仲代君がそうじゃないくらいで。
田中 円熟してきた……。(笑)
仲代 いえいえ、円熟じゃないですよ、押えているんですよ。
田中 さすがというか……。
仲代 癇癪起して、みすかされちゃたまらないからね。
安部 みんな隠しているけど分るね。根っから癇癪もちだな。不思議に、はなはだしく個性が強い。誰にでも敵意をもつような人たちで、何となくついていくというような人は一人もいない……。


 俳優のあり方


仲代 若い人たちと体操したりピンポンなんかしていると、十何年か若返ったような、役者の初歩にかえったような気特になる。
井川 いま稽古の入り方で模索している段階だけど、若い人たちは意外と観念的な受けとり方をするんじゃないかという気もする。例えば山口さん、条さんにしても、彼女らのもっている非常に鮮やかな部分と同時に、文学的にサラッとせりふを理解し、整理してしまうというところがある。何かむき身の荒々しいものを絶えずどこかで要求されているような今度のような場合、もっと生々しい表現方法が必要なんじゃないかな。でもこのことはやはり年齢的なズレっていうことなのかな。
仲代 ぽくたちがあの年齢で通過しなかった伸び伸びとしたものを、痛切に感じるね。ぽくたちの頃は「とにかくやればいいんだ」と猛烈に押えつけられていた。そして後になって「なるほどな」と感じていたことが多い。それは役者の育っていく段階で、どちらがいいのか分らないけど、目前の疑問なんかを演出者の安部さんにぷっつけていく意思表示の仕方なんかは、実に伸び伸びしているね。羨ましいくらいだ。
安部 ちょつと伸び伸びしすぎている面もある。(笑)
 その割には、伸び伸びしている割には、粗野な部分がないね。滅茶滅茶な人がいない。
安部 それはあなたがたの教育というか影響というか、これが必要なんだ。若い諸君は感受性は非常にいいのよ。それを感じるから焦りを覚え、頭で追いつこうとする。どうやったら追いつけるか、頭でカバーしようとしている。だけど本質的には考えるタイプだね。これ大切なのよ。ギャップはあるけどここにいる人たちから何を吸収していくかがつかめたら、大変なプラスになると思う。
井川 大劇団には本当に眼に見えない悪い部分があって、いつのまにか自分を駄目にしていくようなところがある。だからこのスタジオに入ってきた若い人たちは、大劇団にいるよりいいんじゃないか。
仲代 それはどういうことなの。
井川 俳優はいってみれば、特に若いうちは受け身でしょう。台本渡され、せりふのいい方、語尾の上げ下げ、歩き方といった教育の段階をふむ。だけどそういう段階をへた人が一人で歩いていけるかといったら、いけない場合の方が多い。それは何かに支えられ、よりかかっていた部分が大きすぎるからだと思う。しかし支えるものをとっぱらってしまったら、腹もすわる。大劇団にいるより貧しいかもしれないけど、それは本当の意味での貧しさじゃなくて、さっきいったように、よほど裕福な状態か飢餓状態になってはじめて、もうこわいものはないんだ、という気持で芝居ができる。ぼくはそのような気持をもちたいし、若い人たちもその線でいってもらえたらなあと思う。
仲代 若い人たちへの希望だね。変に頼らずに自分を確立していくということだから。我々も俳優座にいて何かに頼っていたのかな。
 いろんなタイプの人がいましたよ。頼る人と頼らない人と。
田中 芝居というのはどうしても仲間を組んでいかなけりゃならないでしょう。皆それぞれ頑固で癇癪もちだけど、役者として気になるし、仲間としては実生活でも存在感を継承できるようなものが欲しい。だから逆に、気にならなくなったら仲間を組む意味がなくなる。
安部 そういうことだな。
仲代 ぼくは毎日邦さんから一所懸命吸収している。(笑)
田中 何をいっている……。
仲代 若い人たちに感心し、刺戟を受けていることあるんだよ。
 
   
 
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