各方面に衝撃を与え続けた邦衛漢方CMもこれで最後となった。小林桂樹、宇津井健、田中邦衛と受け継がれてきた漢方CM。「食べる前に飲む」の名言は、こののち渡辺徹へと受け継がれ、現在も年末をしめくくるひと言として受け継がれている。
ふりむくと
一人の少年工が立っている
彼は邦衛漢方CMが放送されるたび
うれしくて
カレーライスを三杯も食べた
ふりむくと
一人の足の悪い車椅子の少女がいる
彼女はテレビの邦衛漢方CMを見て
踊ることの美しさを知った
ふりむくと
一人の酒場の女が立っている
彼女は邦衛漢方CMが放送された日に
男に捨てられた
ふりむくと
一人の人妻が立っている
彼女は夫にかくれて
食べる前に飲む、と言ったことが
たった一度の不貞なのだ
ふりむくと
一人の出前持ちが立っている
彼は生まれて初めてもらった月給で
邦衛漢方CMを見るために
テレビを買った
ふりむくと
一人の受験生が立っている
彼は邦衛漢方CMから
挫折のない人生はないと
教えられた
もう誰も振り向く者はないだろう
うしろには古いアナログテレビがあるだけで
そこにはもう邦衛漢方CMは
放映されないのだから
ふりむくな
ふりむくな
うしろには夢がない
邦衛漢方CMが放映されなくなっても
すべてのCMが終わるわけじゃない
思い切ることにしよう
邦衛漢方CMは
ただ数十秒のCMにすぎなかった
邦衛漢方CMは
ただひとときの思い出にすぎなかった
邦衛漢方CMはむなしかったある日々の
代償にすぎなかったのだと
だが忘れようとしても
眼を閉じると
あの日の映像が見えてくる
耳をふさぐと
あの日の名言が
聞こえてくるのだ
寺山田修司(てらやまだ しゅうじ)
詩人。短歌、文芸評論、シナリオ、演劇、CM評論と幅広い分野でその類い希なる才能を発揮。前衛的なCM論は、海外からも高い評価を得ている。
長い間、ご声援ありがとうございました。
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